過去の遺産と成長戦略

10月12日(日本時間早朝)、ギリシアの欧州各国による救済が合意されました。欧州各国の財政悪化はギリシアにとどまらず他国に波及し、今後約2年間にわたって続く可能性が高く、経済成長が実現できない場合、更なる円高(1ドル=45~50円程度)の可能性も十分あると思います。破たんは免れましたが、今回のギリシア問題で明らかとなったのは、財政再建・行政効率化を図ることの難しさと重要性以外に、一国の産業戦略を決めて実行することの重要性だったと思います。ギリシア経済は観光産業に大きく依存しており、世界経済の後退時には、その影響をまともに受けるので、脆弱です。東日本大震災・原発事故後我が国への観光客が激減したことを見ても、人は自由に動けるだけ、影響も受けやすいと言えます。観光にしても、新たな資源を発掘し情報発信することが必要で、古代からの過去の遺産だけでは限界があります。私が日本ホスピタリテイマネジメント学会や国際観光戦略研究所に関与しているのも、観光立国を成功させるために、地域の観光資源を世界に情報発信していくことが重要だからです。国家として、「モノ作り」(製造業)と「サービス」(観光・福祉・IT産業等)をバランス良く発展させていくことが必要ではないでしょうか。安定的成長産業を幾つか育成し、「成長戦略」を実際に実行することが必要です。若い世代が希望を持ってこの国に暮らせるように、官民で経済運営をすることが必要です。この点でギリシア問題は他人事ではありません。そして各地域でも安定的な成長戦略が求められています。

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小川町の唐子獅子踊

10月9日、長崎市小川町の奉納出し物である唐子獅子踊を見ました。私がこれに興味を持ったのは、東長崎矢上の間の瀬狂言とそっくりだったからです。唐子獅子踊には、赤い唐子に扮した子供たちがひょうたんの酒を大きな杯で酌み交わし酔っ払いふらふらになるというシーンがありますが、間の瀬狂言は、同じく赤い猿に扮した子供たちが酒を飲まされ酔っぱらうシーンがあります。観客は子供や猿が酔っ払って滑稽な動きをする光景を見て笑うという、共通点があります。小川町は昭和8年を最後に、長崎くんち奉納踊の出演が途絶えていましたが、平成9年に64年ぶりに奇跡の復活を遂げ、東長崎「中尾獅子浮立(ふりゅう)保存会」の協力を得て再現しているので、関係があるのではないかと思います。長崎くんちには、躍動感やかわいさなど表面だけ見ては解らない、江戸・京都・オランダ・中国等の各地の踊りや物語を取り込んだストーリー性の面白さがあり、全国的にも能・狂言にも匹敵する高い文化の象徴ではないかと思います。

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長崎くんちが始まる

10月7日、長崎くんちが始まります。長崎港を目前に臨む私の事務所の隣が諏訪神社の御旅所なので、9日までの三日間、にぎやかです。平成23年度は、紺屋町・出島町・東古川町・小川町・本古川町・大黒町・樺島町がそれぞれ傘鉾+奉納出し物を提供します。今年は特に樺島町の太鼓山(コッコデショ)が7年に一度見られるので、注目を集めることが予想されます。私も9年前の10月1日から、長崎に来ているので、毎年のくんちの出し物が楽しみです。私は子供時代を奈良で過ごしたので、毎年の春日大社の若宮様の御祭りが楽しみでしたが、奉納されるのは、能や雅楽なので、「静」が基調でした。長崎くんちは、傘鉾や勇壮な踊りの「動」、特に「回る」ことが基調となります。なぜ「回す」必要があるのかと考えたこともありましたが、今はそれが当たり前になっています。やはり「より大きく派手に見せる」文化が長崎にはあるのではないかと思います。奈良は「山の文化」、長崎は「海の文化」を象徴的に表していると思います。長崎人は交流都市を支えるために世の中の「関心を集める」ことに長けているのかも知れません。それも、踊りに「上品さ・雅さを保ちながら」である点に特徴があると感じています。

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唐桑・海と森の大工

唐桑半島は一方は太平洋、もう一方は気仙沼湾に突き出した半島です。唐桑は宮城県最北端に位置する漁港です。私の書斎に、十年来のビジネスパートナーである東京神宮前の森山高至先生(一級建築士)からいただいた掲題の書籍(INAXギャラリー)があったので、ここも東日本大震災で美しい風景が壊された町だという思いが駆け巡りました。私は若い時から、気仙沼が好きで良く行ってました。海とともに生きる地域にとって、船は生活の手段であり、船大工は豊かな海と森の木をつなぐコンダクターです。和船建造技術は海とともに生きてきた日本の伝統技術であり、心です。私は、東日本大震災で痛めつけられた今こそ、和船に関わる貴重な技術を守るためにも、海洋県・長崎県の波の静かな大村湾で和船大会を開催したらどうかと思います。

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長崎県近代化遺産シンポジウム開催

10月16日午後1時から長崎県美術館ホールで、長崎県近代化遺産シンポジウムを開催いたします。基調講演が長崎大学工学部岡林隆敏教授、パネルデイスカッションが宮川雅一長崎近代化遺産研究会会長、岡林先生、井石尚子氏、長崎東高等学校山川さん+コーデイネーター菊森で実施いたします。出席いただいた方には、戦後初めて長崎で出版した、長崎の石炭産業と近代化遺産のガイドブックを贈呈させていただきます。幕末以来、長崎や佐世保に立地する各種工場用、長崎や上海などに来航する汽船用、八幡製鉄所の原料炭用など、国内外の石炭需要にこたえるために長崎県内に多くの炭坑が開発されました。その開発や発展につれて、建設された石炭関連施設の他に産業・生活の基盤となる、上下水道・航路・鉄道・道路・橋梁などのインフラが整備されました。今も県内のあちこちにその遺構が残っています。私は、石炭を知らない高校生以下の若い方々に、長崎県の石炭が日本の近代化に果たした役割を知ってほしいと思います。それが、郷土を正しく理解するのみならず、今後の世界経済をリードする中国・ベトナム等途上国が石炭開発や石炭発電に注力する理由を知るいい機会になると思います。石炭は過去のものではないのです。今年三月の東日本大震災は不幸な出来事でしたが、石炭などのエネルギーの重要性を知るいい機会になったのではないでしょうか。

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国際観光船の再開と街作り

10月5日、私が毎週水曜日に出演させていただいている、NBCラジオ「おはようコラム」で「国際観光船の再開」を取り上げました。国際観光船(クルーズ)が東日本大震災の影響で大幅に減少しましたが、6月以降、寄港船数が少しずつ戻ってきています。象徴的な出来事として、10月13日には半年ぶりにダイヤモンドプリンセス号が寄港する予定です。今年の入港予定隻数は21隻で、昨年の44隻の半分以下となります。国際観光船の長崎港への寄港は昭和34年が最初で、以後途切れることなく毎年寄港が続いてきました。隻数のピークは昭和62年の53隻、次が平成18年の52隻で、平成22年まで隻数は増加傾向にありました。しかし、長崎港にとって寄港の競争相手は博多港・鹿児島港となっています。国際観光船誘致は、長崎上海航路と並んで、長崎の交流促進の大きな課題です。競争に勝つためには、①船社・旅行会社へのアプローチ、②長崎の街で観光客に楽しんでもらう演出、③港湾施設の整備が必要です。(ブログでは都市戦略上、詳しい内容を書けません。)長崎港は世界にもまれな「すり鉢状」の地形に恵まれた天然の美港であり、また長崎は独特の歴史を有するなど、特異性があります。この特異性を活かした「もてなし」でリピーターを作っていくことが不可欠です。私は、この点にも言及した提言書「魅力ある長崎の都市作りと港の発展を目指して~海洋県長崎の時代へ」を作成しました。

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世界遺産での結婚式

10月1日、私の甥っ子徳田晴久氏(妹の次男、一卵性三つ子の一人)の結婚式が奈良の春日大社で行われ、親族として参列しました。日本を代表する神社の神式結婚式に参列するのは初めてで、しかもユネスコの世界遺産「古都奈良の文化財」に登録されていて外国人観光客がフラッシュを焚いて撮影する中での式となりました。新郎側・神父側が本殿の前で新郎新婦を挟んで両側に横に長く列席し、雅楽演奏が行われ、新郎・新婦それぞれに玉串を重ねるように神殿に捧げたり、誓詞奏上を新郎が述べ、新婦が自分の名前だけを言うなど、興味深かったです。披露宴は隣のフランス料理レストランThe Hilltop Terrace Naraで行われ、上品かつ和気藹々の雰囲気で行われました。新郎・新婦とも奈良県庁勤務ですが、晴久氏が京都の東寺(真言宗)の敷地にある洛南高校出身なので、高校時代の先生・友人なども大勢来てくれて、楽しい披露宴となりました。春日大社は背後の奥山がいまだに手つかずの原生林となっていて、子供の時から広い境内で遊んでいて、群鹿が見えなくなるくらい暗くなると玉の霊気が降りて来るのを感じていた、神秘的な聖地でした。結婚式の最中も昔の記憶が蘇ってきて、懐古に思いを馳せていました。

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疾病・介護予防の運動研究

9月21日夕方、福岡大学スポーツ科学部の田中宏暁教授(愛媛大学医学博士)を訪問し、長崎県他での自治体や福祉施設での疾病・介護予防の運動研究について相談しました。訪問は夜におよびましたが、遅くまで多くの学生がグラウンドや体育館で運動練習・研究にいそしんでいました。田中先生はスポーツ科学分野で、スポーツ選手の指導だけでなく、高齢者の運動によるリハビリや介護予防の実証研究で著名な研究者です。最近、京都大学名誉教授の久保田競先生との共著で、「仕事に効く脳を鍛えるスロージョギング」を出版されました。今後、特に過疎地域などにおいて、高齢者等の地域包括ケアなどで、田中先生の運動プログラムを取り入れていければと思います。

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長崎市政策評価結果を市長に報告

9月27日、長崎市政策評価委員会で田上市長に結果報告をしました。副会長である私からは、次の点をお願いしました。①市民にとって、行政の成果を政策・施策レベルまで知る唯一の機会であるので、今後も段階的に委員会運営のレベルアップを図っていただきたい。②委員会に出す前に行政内部の一次評価を現課任せにせず、行政評価を管理するセクションに独立的に評価する権限を与えるなどして、十分な議論をしたものを提出することが必要。③行政評価の前提となる総合計画の数値等目標の成果指標の決め方が行政評価にとって最重要事項となるので、成果指標が市民にとって目に見えるものであり、生活の向上につながるような工夫をしていただきたい。また、併せて、数値目標を達成するための行政の努力の跡がわかるような指標を副次的に設けることも必要。④数値目標については、数値の根拠や考え方が記載されておらず、妥当性を高めるためにも、市民に説明しやすい根拠に改めた方が良い。市長からは、これまではアウトプットを重視した政策運営がなされてきて職員もそれに慣れているが、今後は市民が求めているアウトカムを重視した運営に意識改革し仕組みを変えていかなければならないとのお話がありました。

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ふくろうの夢

9月25日、早朝便で東京から長崎に移動するJALの機内で、朝日に輝く山肌を見ながら、私は山下達郎の最新アルバムにある「希望という名の光」を聞きながら眠ってしまいました。築地の大きな病院に入院していると、早朝、大阪から友人が夜行バスで来てくれて、厳重な病院のセキュリテイをすり抜け、「おはよう」と言うが早いか、ふくろうの金属製のブローチをくれたのです。ふくろうは「苦労をなくす=不苦労」という意味があり、現にそのふくろうのブローチは彼がお母さんからもらったものでした。若い頃、彼は肝ガンにかかり、一年半の闘病生活の後、無事回復して、今は仕事に復帰しています。半年後、私の病気はふくろうの霊力のためか、みるみる回復していきました。ふくろうのブローチを貰った人が次々と病気から回復していく、そんなネットワークがあってもいいと思っていたら、ドスンという音がして、いつの間にか、飛行機が長崎空港に着陸していました。「ああ夢だったのか」と思いましたが、不思議な夢でした。東日本大震災でも経験したように、人間の命なんてどうなるかわからないけど、命を与えられている以上、少しでも社会の役に立ちたいと思いました。

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