長崎~奈良~東京を結ぶ人生

8月4日、朝8時半から長崎市井上病院で定期健康診断を受けて、肥満が進行せず、胃カメラ検査も問題がないことを確認。10時半に終わり、11時に遅い朝食。14時55分のJALで東京に向かう。夏休みのせいか、子供連れの家族で空港は溢れていた。15時10分に離陸し、アッという間に大村競艇場・諫早総合運動公園・諫早湾干拓地へ。眼下は25歳で初めてタイに行った時のように、水蒸気の濃い空気で霞んでいる。一つ一つの施設を見ていると思い出が走馬灯にように巡る。松本前大村市長や今は亡き遠藤元局長と建て直しを実行して成功した大村競艇場。J1入りを目指す諫早総合運動公園・スタジアムの指定管理審査委員として参画したことも今となっては懐かしい思い出。長崎市にV・ファーレンが建設を計画しているスタジアムの時代へと進化した。そして、最近福岡高等裁判所で判決が出された諫早湾干拓地。諫早湾干拓地利活用委員会・委員として出席し、現地視察で、巨大な農作物が育っている事実を目の当たりにして、海底にあった冨栄養の土壌の力に驚いた。車でないと疲れてしまう程の長い潮受け堤防。思えばこんなに平穏なフライトは最近無かった。僕は大の高所恐怖症であることに加え、揺れる飛行機が大嫌いな臆病者。最近は、祟られたように台風が飛来し、僕の行く手を阻む。僕はいつも覚悟を決めて飛行機に乗っている。いつもジェットフォイルや高速艇を利用するので、行く先々の離島の市長からは、「(速いのに)なぜ飛行機で来られないのですか?」と不思議がられ、「飛行機は好きですが、プロペラ機がダメなんですよ。」と説明。「年間50回以上はジェット機に乗っているのに」と、怪訝そうな顔をされる。でも実際に、プロペラ機のふわふわの揺れが怖くてたまらない。気が付いたら、眼下に関西空港と大阪湾、そして、万博とIR誘致予定の「夢洲(ゆめしま)」が見える。長崎・九州のIR誘致を、長崎県・佐世保市と一緒に僕は進めてきたが、「大阪は当確だろう」等と思いながら、程なく、奈良盆地の条里制の美しい土地区画を見る。奈良は僕が少年~青年時代を過ごした揺籃の地。リニア中央新幹線が早く東京~奈良~大阪間を結んでくれたら、「東京にいなくても奈良に住んでもいいかな」などと思いつつ、まどろむ。考えてみれば、僕は東京・奈良・大阪・長崎と、今日の飛行機の航路上で人生を歩んできたことになる。出身地:三重県伊賀市、生育地:奈良市、高校:大阪市、仕事:大阪市と東京都、住まいは東京と長崎。「まるで旅みたいだな」と思って目が覚めると、もう、そこは僕が東京都専門委員を務めさせていただいた「豊洲市場」の上空。お世話になった東京都の優秀な部長さん・課長さんの顔が浮かぶ。民間的事業経営等、役所のノウハウだけでは解決しにくい課題が市場(いちば)にもあった。18時からは、新宿で社会福祉法人の経営課題研究。高齢化が先行してきた長崎県とは異なる、さらに深刻で大きな高齢化問題・都市構造の問題が東京にはある。(画像は長崎県大村市臼島と競艇場)

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