歴史を未来に活かす

2020.2.6長崎学ネットワーク会議理事会での私の挨拶(輪番)の原稿を掲載させていただきます。長崎近代化遺産研究会のこれまでと、これからの活動についてお話させていただきました。

〇「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と言います。私は18年前に長崎に来ましたが、長崎の歴史ほど、江戸時代以降の短い期間に、多様で、変化に富んだ歴史も少ないのではないかと考えてきました。それは、各時代によって、異文化交流によって形成された特異な歴史を有するからです。近世の貿易・文明の移入、近代の重工業の技術の移入、原爆投下と平和による世界との交流、どれをとっても、日本をリードしうる歴史であったと思います。

 

〇長崎近代化遺産研究会は、2007年から、本格的に、長崎の近代化の歴史を学び、啓発する場として、活動を続けてきました。当初から、「産業革命遺産」が世界遺産に登録されなくてもこの活動を続けて行こうとメンバーは考えていました。幸いにして、2015年に世界遺産登録となったのですが、世界遺産登録のインパクトは大きく、内外から長崎の近代産業史が注目されることにもなったと思います。研究会として、本を6冊出版、テレビ番組制作を3本、シンポジウムを3回開催してきました。長崎大学工学部の岡林先生のご指導をいただいたこともありました。今は、長崎市の「長崎歴史の学校」でもメンバーが講義をさせていただいており、こうした経験の蓄積が、研究会を意義あるものとしていると思います。しかし、今後は、研究会を続けていくために、若い方々の参画と、歴史学の専門の先生方の協力が必要と考えています。

 

〇歴史を学ぶことは、長崎の未来を切り開くために、大きな知恵を与えてくれます。長崎は、貿易・商業都市から、明治以降の重工業都市へと変革を遂げ、衰退を免れました。戦後、原爆投下という忌まわしい事実の後、国と民間の計画によって立派に復興を成し遂げ、造船と観光と水産で発展してきたと思います。しかし、造船はアジアに移行し、水産は漁獲高の激減で過去の栄光はなくなり、観光とその関連産業が今の長崎を支えていると思います。幕末から明治にかけて、技術をてこにして、三菱を中心に産業革命を成し遂げたと同様の「産業転換」を図るべき時期を迎えています。「人が集まる都市」「強い産業を創造できる都市」への変革を成し遂げるために、強い意志と、知恵を発揮するべき時で、その知恵は、近代化の歴史の中に多くのヒントが隠されていると思います。これからも、社会と対話しながら、研究会を続けて行きたいと考えています。

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