寂しい「小屋入り」とコロナウイルス

私がこのブログを始めたのは,2011年の6月1日で、明日で9年が経過したことになります。長崎の街には、多くの人が戻ってきました。今年は、「長崎くんち」の演(だ)し物がコロナウイルス感染のために奉納されず、長崎の人は、自分も含めて、寂しい思いをしています。今日、新しい提案書「コロナウイルス感染が経営を変えるーコロナ後の世界に向けてイノベーションを」をまとめました。長崎は観光の街なので、様々な祭りやイベントが中止になる今年は、寂しいだけでなく、経済的にも大変な年となりました。多くの事業者が、売り上げ・観光客の回復を待っているところです。一方、今回のコロナウイルス感染は、まだまだ第2波・第3波がやってくる可能性は否定できず、気が許せません。このような状況が長引くと、「コロナ後の世界」は半分元に戻ると思いますが、半分は、根底からビジネスを変える必要があると思います。外食産業から中食へ、リアル会議からオンライン会議へ等、ビジネスの仕組みは以前からあったとしても、その比重が大きく変わると思います。今回の提案書は、このような経済・社会・技術の環境変化が、企業や非営利法人の経営戦略・経営管理を大きく変えて、技術・経営のイノベーションやSDGs経営を強く推進することになり、この機会に、積極的に推進すべきであるということを書かせていただきました。

経済社会は、大きな災害や不景気等変化が起こらない限り、自己変革することは少ないと思います。2011年3月11日に東日本大震災・福島第一原発の事故が起こりましたが、私が不思議に思ったのは、原発の中で作業できるような「ロボット」ができていなかったことです。産業ロボットはそのころにはできていたのに、危険作業を不安定で視界不良な場所で行うロボットはできていなかったのです。それから1年程度して、千葉工業大学等で作業ロボットが作られ、それでもロボットが途中で止まりながら進行するところが報道され、なかなか難しいと感じました。「もの作り大国」である日本でこのレベルなのかと、その時は思いました。企業のBCP(事業継続計画)も大幅に強化されたと思います。その後、国は、ロボット・AIの導入に舵を切り、第四次産業革命を経て、Society5.0へと進むことになりました。

日本には「禍転じて福となす」「ピンチをチャンスに」という言葉があります。今から2年後、現在を振り返って、「技術も経営も大きく変わった」と思うことになるかも知れません。

カテゴリー: 世界日本経済, 人生, 医療福祉, 科学技術, 経営, 観光, 長崎   パーマリンク

コメントは受け付けていません。