オンライン教育とリアル教育

9/19,東京から長崎に移動する機内でこのブログを書いています。昨日は長崎県のある製造業界の組合さんを世界的な電子商取引サイトを複数扱っている企業の経営者にお引き合わせすることなど、忙しいスケジュールでした。リアル店舗よりも市場のニーズ変化を捉え、迅速に安価に世界に販売できる電子商取引は、DX時代の覇者となることでしょう。今日は、東大の後輩で、教育界におられて、多言語の翻訳が出来て、監査・内部管理のプロ・ITコーデイネータでもある才能豊かなM氏といつものようにランチしながら、テーマの一つとして、「オンライン教育」について話しました。私が、大学院で講師をする際、今年度はコロナウイルスの感染で、第1・2クオータはオンライン教育となりましたが、第3クオータはリアル授業でも、オンライン授業でもいいと、事務局から先週メールをいただきました。私は大勢の学生に一斉に講義する場合はオンライン教育が適していますが、大学院の比較的少ない学生を相手にする場合は、リアル授業の方がいいと考えています。ただ、オンライン授業にすると、学生がどこにいても授業(講義と質疑応答)ができるというメリットがあります。結局、事務局には、受講者全員に、オンライン授業・リアル授業どちらがいいか、事務局から聞いてもらうことにしました。この話をM氏にしたところ、彼は、「大学院教育は教授と学生の対話でしか成り立たないものだから、リアルが原則ではないか。欧州型、特にドイツのマイスター型の場合はそうだ。」と言われていました。知識を学ぶ学部生(undergraduate)と、考え方を学ぶ大学院(graduate)とは全く異なると思います。ただ、欧米でも、専門的職業教育を行う法律学校・医学学校・ビジネススクールの3つは、入学者が他の専門分野の学部生だったことが通常なであり、大学院では前半に専門的知識を付ける必要があるので、講義形式の授業が多くなることはやむをえません。私の経験では、修士課程の後半や、博士課程では、研究の方法論や論文の作法だけでなく、教授の思考方法も対話を通じて学ぶ必要があるので、「対面での教育しかありえない」と考えるのが普通だと思います。現在のzoomの技術レベルではなく、自由な発想や思考が対話や絵のやり取りや創作を通じて意思疎通できる技術レベルになったら、博士課程まで、オンラインでできる日が来るのかも知れません。荻生田文科大臣が、深夜のリレー記者会見で言われていたように、「小中学校が登校してのリアル教育なのに、大学がオンライン教育を続けている。」という指摘は、多くの人にとって、不思議な光景として映るかも知れません。(画像は、M氏とのランチの定番メニュー、大久保・中華苑の担々麺。長崎の中華とも異なる。)

 

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