金融先物取引法制定の思い出

およそ金融制度に新しいツールを導入することには大きな困難を伴います。特に新法制定を必要とする制度導入は中央官庁にとっても一大事業です。私が31歳の時、三井銀行が銀行協会の会長行となり、私は資金証券企画部にいて、金融先物・オプションの日本への導入を検討していたことから、当時大蔵省担当(MOF担)であった企画室と一緒に金融先物取引法制定担当となり、大蔵省銀行課に足繁く通うことになりました。金融先物・オプション自体は25歳の頃から本場のシカゴで研究していましたが、法律を制定するには、別の能力が問われます。銀行業界の会長行と言っても、法制定は国会と大蔵省の専権事項ですから、一民間人である私としては、あくまでも内容面のサポートとなります。特に入口の「なぜ金融先物取引が社会的に必要なのか」を内閣法制局に理解してもらわなければ先に進みません。幾ら欧米に類似市場があると言っても、日本国内では通用しません。金融先物取引は「ギャンブル」と見られており、法制定無しには刑法の賭博罪に該当します。したがって、金融先物取引法制定によって、違法性を阻却することが必要だったのです。また、「業界のエゴ」と受け取られたら、国会を通すことも難しくなる状況でした。そこで、外国法を専門とする弁護士二人と当時学習院大学におられた若き商法学の権威神田秀樹教授(東京大学法学部の一年先輩)にお願いして、法制度にどのように乗せるかを考えていただきました。また、アメリカ、イギリスで法制の実地調査を指導していただきました。その後すぐに東京大学教授になられましたが、神田先生がいなかったら金融先物取引法は制定されてなかったと言っても過言ではありません。「頭のいい人間とはこのような人のことを言うのか」と思いました。ご性格も穏やかで、今も尊敬申し上げております。もちろん、日本の先物の世界には「商品取引所法」があったのですが、名称からわかる通り、「取引所」を規制する法律で、「取引法」のように行為規制法とは別物でした。2008年に起きたリーマンショックで、「デリバテイブ」(派生商品)が批判されましたが、すべての金融ツールは悪用すれば大きな事故を起こすことは当時から想定されていました。もともと穀物相場(現物)のリスクヘッジの必要性から生まれた先物・オプションですが、有用なツールは常に悪用されるというリスクと一体です。金融デリバテイブは特に「数値」だけを対象とするもので、ヘッジファンド等に悪用されるとまさに賭博行為と変わらなくなってしまう危険性を認識しておくべきでしょう。

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