永訣の朝

12月5日の朝、花巻市の宮沢賢治記念館を訪れた際、片隅にひっそりと掲げられている「永訣の朝」を見た時、私の目は釘づけになりました。私は鈴鹿山脈にある三重県阿山郡島ヶ原村の山里に生まれ育ち、冬は雪に閉ざされる怖さを感じていましたが、小学校の時この詩を読んで岩手県に育った宮沢賢治が、結核で死に行く妹の陶椀に降っている雪を掬い、「最後の食事」として与える、兄の妹を思う半ばあきらめも混じった悲壮な気持ちが胸を打って涙が止まらなかったのを覚えていたからです。人間はいつかは死んで自然に帰り、また雪として降ってくるかもしれませんが、近しい人、かけがえのない人がまさに死に直面しようとしている時、このような静かな行動をとれるものなのかもわかりません。「雪と水との真っ白な二相系を保ち、透き通る冷たい雫に満ちたこのつややかな松の枝から、私の優しい妹の最後の食べ物を貰って行こう。私たちが一緒に育ってきた間、見慣れた茶碗のこの藍の模様にも、もう今日お前は別れてしまう。(中略)お前が食べるこの二椀の雪に、私は今心から祈る。どうかこれが天上のアイスクリームになって、お前と皆とに聖い資糧をもたらすように、私のすべての幸いをかけて願う。」(原文はほとんどひらがなのみです)

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