俳句の難しさ・散文との違い~「降る雪や猫より軽き氏素性」

2月22日は猫の日です。大分県中津市の私の俳句の大先生から送られてきた猫の句をめぐり、大先生と昨日からやり取りがありました。「降る雪や猫より軽き氏素性」通常、俳句は解説をつけないものだそうですが、私の疑問は、「猫より氏素性が軽い」ということを言いたいことはわかりますが、「何故ここで雪と猫の組み合わせなのか」「白猫だから雪と同化しているのか」「何故ここで犬でなくて猫が登場するのか」(ソフトバンクのCMには白い犬が登場する)です。これをメールでやり取りしている自分もどうかと思いますが、不思議だと思うのは私だけではないでしょう。大先生からは、次の解説が送られて来ました。「猫より軽き氏素性」は作者自身の存在「氏素性」が猫よりも軽いと喩えて見せています。多少の自嘲が込められているのです。俳句では季語の取り合わせが最も難しく、「や」は切れ字といいますが、「凄い雪だなあ」と詠嘆を表し、意味は一度ここで断絶すると考えた方がいいでしょう。「雪」と「猫」は直接は関係ないのです。こういく句を「二物取り合わせ」とか「二物衝撃の俳句」といいます。何と親切な先生でしょう。俳句は感性で詠むものだと思います。散文でこれだけ字数を必要とする内容を、17文字(音)で表現してしまう俳句は恐るべしです。(画像は奈良市東大寺の戒壇院から二月堂に上がる美しい道。少年の日の思い出の風景。)

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