経営と教育~国家・企業の新時代を切り開くための教育を

私は教育の専門家ではありませんが、経営と教育は深く関わっています。国・地方公共団体の行政・政策や企業経営や社会問題など、多くの課題を議論していくと、多くの場合、人材育成・教育に行きつくと感じることがありますが、多くの課題を専ら教育に担わせることは責任回避的な解決策であると思います。ただ、教育が「最後の砦」であることも事実だと思います。ドラッカーは、「断絶の時代ー今起こっていることの本質」(1969年)の中で、「断絶の時代は企業家の時代、グローバル化の時代、多元化の時代、知識の時代である。」として、資本主義から新しい社会へ移行の時期を経て、最終的には「知識社会」が到来すると述べています。ここで「知識社会」とは、「経済」でなく「知識」が中心となる社会で、知識とは、「成果を生むための高度の知識」(生きた知識・使える知識)のことです。知識を中心とする社会への移行に際し、企業も人もマネジメントも「変化」が必要になってきます。そして、知識を学ぶための「教育の方法」の変化し、「凹(欠点)を減らして全ての人間を標準化・均一化して行く教育」から、「凸(強み)」を伸ばす教育へと変化させる「教育革命」が起こらざるを得なくなるのです。日本でもドラッカーが考えるように教育革命が起こっていれば、グローバルな世界で経営(management)がうまく行われていたかも知れません。今から8年くらい前、今は亡き建築家黒川紀章氏(マレーシア国家顧問でもあった)と一時間半程度じっくり話す機会があり、国家経営や教育について議論をさせていただきましたが、その際、教育に関し、「私は国の教育審議会の委員になり、大学を改革するにはどうしたら良いかとの議論はするが、大学関係者当事者が決めるので、自分たちが不利になることはやらない。例えば、大学の先生の半分は英語が自由に話せる人にしたり、外人を登用すべきであると唱えたが、いまだに外人の教授は極めて少ない。」とおっしゃっていました(当時私が公表した新聞のコラムより)。最近になってやっと、グローバル人材育成に向けて、幾つかの大学・ビジネススクール等の取り組みが始まったばかりです。「社会や道具が進化している。それらを使いこなす知性を身に付けるためには教育も進化を拒絶してはならない。」(孫正義「危機克服の極意」190ページ)企業教育・経営者教育はもちろん、学校教育・社会教育も、社会・人間の進化に適合することが必要ではないでしょうか。(画像は、今年7月長崎県地球温暖化防止推進活動センターが行った新しい教育手法による長崎地区研修風景。驚くべき環境の専門知識と社会活動に熱意を持った推進員の方々は、年齢に関係なく成果を上げ、環境問題の地域リーダーです。)

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